東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)153号 判決 1963年6月27日
原告 堺化成工業株式会社
被告 高分子工業株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
「特許庁が昭和三四年審判第四四七号事件について昭和三五年一〇月二八日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。
第二請求の原因
一 原告は、特許第二一〇三三二号「塩化ビニール製パイプの製造法」の発明(以下本件特許発明という。)の権利者であるところ、被告は、特許庁に対し昭和三四年八月一一日原告を被請求人として、別紙記載のとおりの(イ)号説明書および図面に示す熱可塑性合成樹脂管製造法(以下(イ)号製造法という。)は本件特許発明の権利範囲に属しない旨の特許権の権利範囲確認の審判を請求し、昭和三四年審判第四四七号事件として審理された結果、昭和三五年一〇月二八日、(イ)号製造法は本件特許発明の権利範囲に属しない旨の審決がされ、同審決の謄本は、同年一一月一三日原告に送達された。
二 本件特許発明の特許請求の範囲は、(一)「塩化ビニールに少量の可塑剤を添加しこれを充分攪拌したる後加熱ロールにて克く練合し然る後この材料を加熱せる所の押出機に投入し該押出機にて押出し適切なる径のパイプを繰通しこの送出したパイプをコンベアーにて一方に押送し半乾燥し貼着せざる程度の凝固状態となりたる位置において廻転中の上下両転子間を繰通せしむることによりこのパイプを扁平状に押圧しつつ繰通し扁平状に繰出(明細書に「練出」とあるのは誤記と認める。)されたものにその先端より圧搾空気を送りこれを再び管状となすと同時に曩に押出機より押出された時の径より更に大なる所の適切なる直径迄膨脹せしめつつ作成する事を特徴とする常温では収縮せず、その儘であるが加熱すれば押出機より押出された径に収縮し得る所の塩化ビニール製パイプの製造法」であり(別紙本件特許発明の実施例の図面参照)、(二)要するに、押出機によつていつたん原始径を附与された塩化ビニールパイプに対し、それが半軟半熔融状態(特許請求の範囲に「半乾燥」とあるのは半軟、半熔融、半凝固の意と解すべく、明らかな誤記である。)にあるときをねらい、パイプ内に空気を圧入して中からパイプの径を膨脹拡大させるように、空気圧入の反対側に、圧入空気をせき止める役をしながらパイプを連続繰通させるための挟圧式繰通ロールを装設して置き、パイプ内に空気を圧入しつつ、一方で径の拡大されたパイプを連続繰通して径拡大管を生産するという方法にほかならない。
三 本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、審決は、本件特許発明の要旨を前項(一)記載のとおり認定したうえ、本件特許発明と(イ)号製造法とを比較し、両者の共通点について「前者の塩化ビニール(これは塩化ビニール重合体を指称するものと解する)は後者の熱可塑性合成樹脂の範疇に属する合成樹脂であること、後者の加圧流体は前者の圧搾空気を包含する思想であること、後者の押出ローラー(12)は加圧流体を堰止める作用をなすものであるから前者の転子に相当するものであること並に前者の『半乾燥し貼着せざる程度の凝固状態』は後者の液体シヤワー装置内における熱可塑性合成樹脂管の『軟化状態』と同一であることは自明であるので、熱可塑性合成樹脂管の押出成形管を軟化状態において圧搾空気をその管中に圧入することによりその管径を拡大させ、又圧搾空気の圧入に当り挟圧転子によりこれを堰止める手段を採用することにより常温では収縮せずその儘であるが、加熱すれば当初の管径まで収縮し得る熱可塑性合成樹脂管の製造法である点においては両者はその軌を一にしている。」とし、相違点について「(1)前者は押出機より押出された管を軟化状態となつた位置において転子間を繰通させるのに対して後者では一旦凝固した押出成型管を液体シヤワー装置中を通過せしめることにより軟化し、同時に加圧流体を圧入して膨脹させ、次に冷却した後、ローラー(12)で気密に押圧して引取るものであり、又(2)前者では圧搾空気は扁平状に繰出された管にその先端より圧入されるのに対して、後者では加圧流体は管の進行方向において転子の前方より圧入される点において相違している。そこでこの相違点について考察すると、第(1)点については、前者は押出成形に連続して管の膨脹を行うに対して後者は管の押出成形と膨脹とを分離して行うという差異に基いて、前者は特に加熱を要しないのに対して後者は液体シヤワー装置による加熱を要するものであり、又転子を通過する時の管の状態は前者では軟化状態であるのに対して後者では冷却後の凝固状態である。そしてこの相違は第(2)点にも関連するものであつて、圧搾空気を前者においても後者と同様に転子の前方より圧入しようとするならば押出成形機に圧搾空気圧入用の手段を附加しなければならないし、転子の前で管の拡大が行われることになるから、前者の転子の位置において管を軟化状態に保つことはなんらの意義をも有しないと解される。換言すれば、前者の発明構成要件においては圧搾空気の圧入をそれと反対方向にすることは不可能であり、しかもこのような技術思想はその明細書にはなんら暗示するに足る程にすら記載されていない。」といい、結局、「前記の相違点は、単なる設計変更ではなく、この相違点により両者は発明思想上別異のものと認める。以上の通りであるから、(イ)号説明書並に図面に示す方法は本件特許発明と相違し、かつその構成要件を利用して成るものでもないから、その権利範囲に属しないものである。」というのである。
四 けれども、本件審決は、つぎのとおり違法であり、取り消されるべきである。
1 本件特許発明と(イ)号製造方法とは、(一)押出機により押出成形して原始径を附与した熱可塑性合成樹脂管をもととすること、(二)この管の半熔融状態時(半凝固状態時)をとらえて管内に圧搾空気を圧入し管径を拡大する加工を施すこと、(三)その径拡大加工は、一定の区分した長さの全長に対して一度にしそれが終つた後改めて次の区分に対し再び同一の加工をするというように行うのではなく、進行式に間断なく継続して行うものであり、空気圧入の反対側における管の通路上に圧入空気をせき止める役目をすると同時に径拡大加工を終えた部分から順次管を前方に手繰り出す役目を果す挟圧繰通転子を装設して置き、間断のない空気の圧入と転子の繰通との相関作用によつて連続的にこの加工が行われること、(四)以上の方法によつて、常温ではそのままであるが、加熱すると原始径にまで径が縮少するところの熱可塑性合成樹脂管を量産することを目的とするものであることにおいて、まつたく同一であり、しかも、両者は、これらを根本技術思想としているものである。
そして、両者の相違点は、つぎの(a)および(b)の二点に過ぎない。
(a) (加工に適する管の半熔融状態を得るための手段と時期とにおける差異)本件特許発明が押出成形管の誕生時において熔融状態から冷却凝固状態に移行する当然の中間過程現象として生ずる半熔融状態(この状態は管の生成進行とともに連続的に生ずる。)を利用しているのに対し、(イ)号製造法においては、いつたん押出成形管を冷却凝固させ、この凝固した管に再び加熱して右と同一の半熔融状態(この状態も管が加熱器内を通過進行するのであるから、連続的に生ずる。)を得るものとしていること。
(b) (空気圧入の方向における差異)本件特許発明が管の先(進行方向の逆)から空気を圧入するのに対し、(イ)号製造法においては、管の元(進行方向)から空気を圧入すること(もちろんこれに伴つて繰通転子の設置位置も変わる。)。
2 この(a)(b)二点の差異は、両者について共通である前記1の(一)ないし(四)の根本技術思想の上からみれば枝葉末節における微差に過ぎず、しかも、
(一) 本件特許発明において、「押出機からの押出操作」を特許請求の範囲の一部に取り入れたのは、この発明の窮極の目的が、常温ではそのままであるが、加熱すると原始径にまで径を縮少する特性を有する合成樹脂管を連続生産しようとする点にあることからみて、その復元の基本を決定すべき原始径を附与することが基本的な要件であるがためと、径拡大加工を施すに適する半熔融状態を管の進行に合わせて間断なく継続生起させることが、連続式径拡大作業に欠くことのできない要件であるがためである。
(二) また、管内に圧入した空気の内圧によつて管径が膨脹拡大するためには、管肉が半軟すなわち半熔融状態にあることが絶対必要条件であるが、この半熔融状態なるものは、押出機から押し出された高熱熔融管が冷却の過程でたどるべき当然の現象としてのそれであろうと、あるいは、いつたん冷却凝固した管をもう一度加熱することによつて作為的に得られる現象としてのそれであろうと、管径の膨脹拡大効果に区別があるわけではなく、要するに半熔融状態でさえあれば足りる。しかも、この半熔融状態なるものを間断のない連続的現象として生起させる思想を取り入れている点は、前記のとおり本件特許発明も(イ)号製造法も異ならない。
(三) 一方、この半熔融管に空気を圧入すること、その空気圧入の相関的関連手段として、圧入の反対側の管通路上に、空気の逃出を防ぐためのせき止めの作用にあわせ、径拡大加工の終つた製品管を順次連続的に繰通させる作用を営む挟圧繰通転子を装置して置くことは、本件特許発明の目的達成上絶対必要条件をなしているのであるが、こうした仕組の下に空気を圧入し管の繰通を行うものである限り、その空気圧入の方向すなわちその圧入の始端およびこれに対する繰通転子の装設位置を、管の進行方向に対して正逆いずれに採ろうと、圧入空気によつて管径が膨脹拡大すること、その拡大加工の終つた部分から順次に管が前方に手繰り出されて連続的に径拡大加工が行い得られること自体は、すこしも変改されない。
この(一)ないし(三)の点からしても、右(a)および(b)の差異点は、前記1の(一)ないし(四)の根本的な共通点を排除してまで、本件特許発明と(イ)号製造法とを別異のものとするに足りず、本件特許発明からみれば、結局発明の目的、作用効果に影響のない設計的な微差とみるよりほかないものである。
3 なお、(一)本件特許発明においては、(イ)号製造法におけるサイジングパイプ(7)の記載がないけれども、半熔融状態のパイプ内に空気を圧入して膨脹させる場合、勝手気ままに膨脹させてよいはずはなく、適当な外型(そとがた)を使用し所望の径と肉厚のパイプに仕上げるものであることは当然であるから、発明の要旨外の当然の事項として明細書中に説明しなかつたまでのことであり、(イ)号製造法との相違点とするに当らない。
また、(二)本件特許発明においては、(1)常温では収縮せずそのままの径を保持するが、これを加熱すれば、原直径すなわち押出機から押し出されたときの径に収縮する、たとえば自転車のハンドル等に被嵌して加熱収縮させて密着させるに適する収縮性パイプを連続式に生産することを唯一の目的とする発明であること、(2)押出機からの押出を発明の構成要件としているのは、この発明が原始径を附与された原パイプの存在を前提とした事後の径拡大加工に関する発明であるからであること、(3)その径拡大加工は、原始径を附与された原パイプの半凝固状態時(半軟状態時)をチヤンスとしてとらえて行われるものであること、(4)その手段は、この半凝固パイプに空気を圧入して内部から膨脹させるものであり、そのとき空気圧入の反対側に転子を装設しておいて、空気のせき止めとパイプの繰通を行わせるものであること、(5)したがつて、この作業は、パイプのある長さについては間断のない連続的作業として行われるものであることが、その明細書(甲第三号証)の記載によつて明らかである。
そうだとすれば、(1)原パイプが押出機から押し出されて固化する前の半凝固状態時を加工チヤンスとしてとらえるか、あるいは原パイプをいつたん固化させた後これを再び加熱して(この場合加熱の必要であることは、(イ)号製造法における欠点でさえある。)同様の状態の加工チヤンスを作出するか、(2)空気の圧入をパイプの進行に合わせて元からするか、逆方向からするか(空気圧入の方向における正逆の差は、これという差異ではないばかりか、本件特許発明においても、(イ)号製造法におけるようにすることは、たとえば、押出口の中心に空気噴出口を設け、押出口の前に急冷装置、再加熱装置、急冷装置を順次附設する等の設計上の工夫さえすれば可能である。)、(3)転子を通るときのパイプが半凝固状態にあるか、完全凝固状態にあるか、(4)作業をするのに場所をとるかとらないか、完成パイプの事後の始末がどうなるか(本件特許発明は、原パイプに対する径拡大の作業までを限度とする発明であり、製品管の後始末をどうするかは問題外である。)等の問題は、前記本件特許発明の目的およびその目的達成の手段からみれば、どうでもよいことであり、その点についての差異は、本件特許発明からすれば、設計的微差にほかならない。
4 被告は、加熱によつてゴム状弾性を現わす温度範囲で引き伸ばしそのまま冷却固定した熱可塑性合成樹脂のチユーブ、フイルム、繊条等は再び加熱すれば収縮することが本件特許発明の出願前国内で周知であり、それ自体新規な発明ではないと主張するが、事実に反する。しかも、本件特許発明において製造の目標とする物体すなわち「これを適宜の長さに切断して自転車の把手その他の軸杆に被せて加熱収縮させそのパイプをその軸杆物体に密着被嵌させる密着被嵌物としての用途に使われる径拡大塩化ビニールパイプ」は、少くとも、(一)パイプを本来の用途である流体通過のための通管として考える一般の観念から逸脱して、これをある物体に対する被嵌体、特にその物体に対する密着緊締的被嵌体として使おうという新着想と、(二)管状物体が収縮するときに起る求心的な収縮現象が該管状体の被嵌物に対する緊締的密着という非常な好結果をもたらす(それは管状物体である場合に限られることである。)という自然法則に対する新規な着眼、この二つの思索が結びついて始めて到達しうる事柄であつて、単に合成樹脂一般の通性である熱可塑性やゴム状弾性が分つているだけでは、とうてい到達しえない技術思想である。そうして、原告の本件特許発明は、こうした径拡大パイプそのものを対象とするものではなく、こうした新規有用な物品を、半凝固状態にあるパイプに対し連続的に行う空気の圧入と、空気のせき止め兼用の繰通転子との協動的作業によつて連続生産するための製造方法を内容とするものであるから、被告の主張の理由がないことは明らかである。
したがつて、(イ)号製造法は、本件特許発明の技術範囲に属するものといわなければならないから、結局その判断を誤つた本件審決は、違法である。
よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。
第三被告の答弁
一 主文第一項同旨の判決を求める。
二 請求原因第一項、第二項の(一)、第三項の事実は、いずれも認める。同第四項の点は争う。
1 本件特許発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載されたとおり(請求原因第二項の(一))であると解すべきところ、(イ)号製造法が本件特許発明の権利範囲に属しないことは、本件審決がその理由で説示するとおりである。
なお、(一)(樹脂管膨脹のための温度調節の能否と製品の使途適合上の効果について)(イ)号製造法においては、押出成形後いつたん冷却した熱可塑性合成樹脂管(B)は、液体シヤワー装置(6)に送入され、温水噴出スリツト(16)を通過するときヒーター(8)で加熱された液体シヤワーを浴びて軟化し、このとき加圧流体注入口(4)と樹脂管(B)とを連通して加圧流体注入口(4)から加圧流体を圧入して置くことによつて、樹脂管(B)は液体シヤワー装置(6)に接して設けられたサイジングパイプ(7)の内側いつぱいに拡大される。そして、右液体シヤワーは、ヒーター(8)で適宜の温度に正確に調節できるから、樹脂管(B)は、その使途に対応できるすこぶる市場性に富む製品に仕上げることができる(原告は、再加熱は(イ)号製造法における欠点であるというが、これが欠点でないことは、右に述べたところから明らかである。)。これに反し、本件特許発明においては、押出成形に連続して熱可塑性合成樹脂管の膨脹を行い特に加熱をせず、したがつて、製品の使途に対応した温度に調整できないから、(イ)号製造法におけるような右の工業的効果を収め得ない。
(二)(径拡大加工作業上の効果について)本件特許発明においては、押出機(1)から繰り出されたパイプ(A)が半乾燥し(熱可塑性合成樹脂の押出成形において乾燥あるいは半乾燥という状態はない。加熱によつて熔融し、可塑的流動状態から冷却によつて順次弾性状態、ついで固体にいたる過程の状態を、本件特許発明の明細書においては、半乾燥といつているもので、ゴム状弾性を現わす状態と同一と解する。以下同じ。)貼着しない程度の状態になつたところで、パイプ(A)を上下転子で扁平状(B)に押圧して繰り出し、その先端から圧搾空気を送り、これをふたたび当初の径より大きい径の管状とするものであるから、操作上パイプの長さには限度がある。たとえば、一〇〇メートルの長さのパイプを得るためには、圧搾空気を送入しつつ前方に引つぱるから、その長さの場所を必要とし、かつ、そのパイプは扁平状ではないから巻くに容易でなく、きわめて不便である。これに反し、(イ)号製造法においては、加熱され軟化した樹脂管は、その手前の加圧流体注入口(4)から圧入される加圧流体によつてサイジングパイプ(7)の内側いつぱいに拡大され、ついでただちに冷却されそのままの状態で固定され案内板(11)を経て押出ローラー(12)(12)で気密に押圧し引き取られベルト状合成樹脂管として巻取器(14)に巻き取られるから、その長さに制限はなく操作が容易であり、また場所をも要しない。したがつて、本件特許発明に比し、この点においても著しい効果上の差異がある。
(三)(樹脂管の伸長率調整の作用効果について)(イ)号製造法においては、案内ローラー(5)(5)と押出ローラー(12)(12)とでその回転比率を自由に変化させ縦方向の伸長率を機械的に自由に調節できるし、また、いつたん固定した原合成樹脂管を用いることとサイジングパイプ(7)を具備していることから、直径方向の伸長比率を自由に変化させることもでき、したがつて、使途に対応する所要の肉厚の合成樹脂管を得ることができる。これに反し、本件特許発明には、このような作用効果はない。
いずれにしても、(イ)号製造法は、本件特許発明と根本思想、要旨、作用効果において著しく異なるから、その権利範囲に属しない。
2 なお、原告は、本件特許発明が常温では収縮せずそのままであるが加熱すれば押出機から押し出されたときの径に収縮するところの塩化ビニール製パイプを、その骨子とするかのように主張し、(イ)号製造法が本件特許発明に比し設計的微差あるに過ぎないとするが、不当である。それは、ポリ塩化ビニール、ポリスチレン、ポリメタアクリル酸メチル等の熱可塑性合性樹脂は、常温では固体であるが加熱によつて軟化しゴム状弾性を現わし、分子全体の結合を緩和し得ない程度の外力に対して可塑的な部分を示し、さらに加熱すると粘性的に流動するにいたり与えられた変形をそのまま保持すること、また、ゴム状弾性を発現する温度範囲において一定の偏形を与え外力の方向に分子を整向させたまま急冷を行つて常温にもたらすと外力を去つてもその構造は保持されるが、加熱すると再びゴム状弾性を現わし元の状態に復することが、熱可塑性合成樹脂の本来の性質として、本件特許発明の出願前である昭和一九年六月すでに当業者に周知されていた(乙第二号証の一ないし四)のであり、それが実際にも利用されていたことによつて明らかである。
右のような熱可塑性合成樹脂の性質を利用し種々の成型品が作られるのであるが、その加工方法についてはいずれのものにおいても同様な装置方法が採用され、したがつて、合成樹脂加工技術上その根本とする加工原理はまつたく同一である。その加工技術上最も重要な点は、加工温度の調整にあるのであつて、樹脂の種類、成型目的等に最も適当した温度に正確かつ精密に調整することが何より必要であり、この機構を欠いた加工方法、装置等によつては、生産の合理的な管理もできないし、すぐれた製品も得られない。本件特許発明も右に指摘した欠点についてのそしりを免れないところ、(イ)号製造法において、前記のとおりこの欠点を除去しえたものであるから、両者がたがいに設計的微差あるに過ぎないとする原告の主張の不当であることは明らかである。
したがつて、原告の本訴請求は、理由がなく、失当として棄却されるべきである。
第四証拠<省略>
理由
一 本件審判手続の経緯、本件特許発明の特許請求の範囲、(イ)号製造法の内容および本件審決の理由の要旨についての請求原因第一項、第二項の(一)および第三項の事実は、当事者間に争がない。そして、成立について争のない甲第三号証(本件特許発明の明細書)および弁論の全趣旨によれば、本件特許発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載されたとおり(請求原因第二項の(一))と認めるのが相当である。
二 そこで、本件特許発明と(イ)号製造法とを対比して考える。
1 まず、(イ)号製造法の熱可塑性合成樹脂管は本件特許発明の塩化ビニール樹脂管を含み、(イ)号製造法の加圧流体は本件特許発明の圧搾空気を含むこと、(イ)号製造法の押出ローラー(12)(12)は樹脂管を繰り出す作用をするものである点で本件特許発明の転子(3)(4)に相当するものであることおよび(イ)号製造法の液体シヤワー装置(6)内における熱可塑性合成樹脂管の「軟化状態」は本件特許発明の「半乾燥し貼着せざる程度の凝固状態」と同一であることが、いずれも前示争のない事実および弁論の全趣旨に徴し明らかであり、ひいて、両者は、熱可塑性合成樹脂の押出成形管をその軟化状態において管中に圧搾空気を圧入し、その圧入に当りこれをせき止める手段を採用することによりその管径を拡大させて、常温では収縮せずそのままであるが、加熱すれば当初の管径まで収縮する熱可塑性合成樹脂管の製造法である点において一応一致しているということができる。
2 けれども、両者は、つぎの点において相違している。すなわち、
(一) 本件特許発明においては、押出機によつて押し出された管を軟化状態(「半乾燥し貼着せざる程度の凝固状態」)となつた位置において回転中の転子間を繰通させるから、加工管に加熱を要しないが、これに対し、(イ)号製造法においては、いつたん凝固し一端を密封した押出成形管を液体シヤワー装置中で加熱軟化することを要する。
(二) 本件特許発明においては、転子を通過するときの管の状態は、軟化状態であるのに対し、(イ)号製造法においては、冷却後の凝固状態である。
(三) 本件特許発明においては、圧搾空気は扁平状に繰り出された管にその先端から、すなわち、管の進行方向に対し逆の方向から圧入されるが、これに対し、(イ)号製造法においては、加圧流体は管の進行方向に転子の手前から圧入されている。
そして、右(一)(二)(三)の相違点の本件特許発明についての部分が、本件特許発明の必須の構成要件に含まれることは、前示認定の事実、前掲甲第三号証および弁論の全趣旨に徴し明らかである。
3 そこで、進んで、右の相違点(一)(二)(三)が(イ)号製造法を本件特許発明から区別するに足りる技術思想上の差異といえるかどうかについて順次検討する。
(一) ((一)の相違点について)
本件特許発明においては、押出機から押し出された管が冷却される途中で貼着しない程度に凝固した時点をとらえて、これに圧搾空気を圧入して管を膨脹させ、その膨脹管は、空気を充たされたままで自然放冷によつて常温まで冷却されることが前掲甲第三号証および弁論の全趣旨に徴し明らかである。すなわち、本件特許発明においては、塩化ビニール管の成形冷却期間中の一時点をとらえて径拡大加工を施すものであるのに対し、(イ)号製造法にあつては、いつたん原料管を作りこれを冷却し、その冷却の程度は、管が圧搾空気の圧入によつても膨脹しない程度とし、ついでこれを膨脹させるためにはあらためて加熱することを必要とし、さらに軟化拡大加工を終えた管は直ちに冷却し、冷却凝固した径拡大管中にある圧搾空気は押出ローラー(12)(12)によつて気密に押圧して押し出すことを必要条件としている。つまり、本件特許発明においては、押出機から押し出された塩化ビニール管の保有する熱をその管の膨脹拡大に利用しようとする技術思想を有しているのに対し、(イ)号製造法においては、このような技術思想がない。
さらに、本件特許発明においては、右の貼着しない程度に凝固した塩化ビニール管を転子で挾圧することにより気密に二分し、その進行方向逆に先端から圧搾空気を圧入することにより管を膨脹させるものであるから、その挾圧転子は、管を繰り通すほかに、圧搾空気をせき止め管を膨脹させるに当り、不可欠かつ本来的な作用をするものである。これに対し、(イ)号製造法においては、原料管を前示の程度に冷却固定させその管の一端を密封して置き、ついで膨脹させる部分だけを加熱軟化させ、管内にあらかじめ圧入しておいた圧搾空気等の加圧流体の圧により該部分を膨脹させる。そして、(イ)号製造法の転子(押出ローラー(12)(12))は、加圧流体注入口(4)の反対側の一端が密封された原料管が用いられることおよび後記(二)の項における判断に徴して明らかなように、管の拡大膨脹の作用に本来的ないし必然的に結びつけられたものではなく、その作用は、径拡大加工を終えた製品管中にある空気を管進行逆方向に押し出し管をベルト状に押圧し巻き取るに適する形状にしかつ引き取るにあることが、(イ)号説明書および図面によつて明らかである。したがつて、両者の転子(ローラー)は、管を繰り通す作用において同じであるとしても、その余の作用および目的においては根本的に相違するといわなければならない。右の転子の作用および目的上の差異は、本件特許発明においては管を転子により挾圧扁平にして後再び管状とし径を拡大しようとするのに対し、(イ)号製造法では、管状のまま径拡大加工を行い、加工完了後、冷却固定し製品として巻き取るに当り管の押圧をしようとするものであることによつても、明らかにしうるところである。
したがつて、(一)の相違点は、本件特許発明の技術的範囲と(イ)号製造法の技術的範囲とを根本的に区別するに足りる差異というべきことは、右により明らかである。そして、この差異は、右の(二)(三)の相違点と関連するものであり、以下にそれが明らかにされる。
(二) ((二)の相違点について)
転子(ローラー)を通過するときの管の状態が軟化状態にあるか凝固状態にあるかの相違は、前項で明らかにした本件特許発明が原料管の保有する熱を利用しようとするものであるのに対し(イ)号製造法においてはそのような技術思想を含んでいないことおよび本件特許発明が転子の挾圧作用によつて管を気密に二分し圧搾空気の圧により膨脹させようとするのに対し(イ)号製造法においてはこのような作用を転子(押出ローラー)に期待しようとするものでないことから生じたものというべきことは、みやすいところである。ひいてまた、(二)の点の差異も、やはり、両者を区別する相違点というに十分であり、取るに足りない差異ということはできない。
(三) ((三)の相違点について)
本件特許発明においては、たえず、圧搾空気を圧入しつつ、すなわち、径拡大加工を終つた部分の管内にもその全長にわたり圧入した圧搾空気の圧を保持しつつさらに圧搾空気を圧入し新たに挾圧転子から繰通されて来る未加工管の径拡大を生じさせるのであるが、これに対し、(イ)号製造法においては、径拡大加工は、管の一端を密封して置くことにより圧搾空気ないし加圧流体の圧を未加工管中に保持して置き、この管中加工すべき部分を加熱軟化させ径拡大を行うのであるから、始動時前に加圧流体は管の進行方向において転子の手前から圧入されるけれども、径拡大加工中は、このような圧入操作は不必要であるばかりでなく、管全体に圧入されてある圧搾空気は、押出ローラー(12)(12)によつて、逐次他端から押し出されるものと解される。このことは、(イ)号説明書および図面に徴し明らかである。いいかえれば、本件特許発明にあつては、径拡大加工の進行に伴つて圧搾空気を圧入して行くのに対し、(イ)号製造法では、圧入して置いた圧搾空気ないし加圧流体は押し出されて行く。したがつて、両者は、圧搾空気ないし加圧流体の使用方法において正反対であるから、(三)の相違点もまた、両者を区別するに十分であるといわなければならない。
4 以上のとおりであつて、(イ)号製造法は、前示のとおり本件特許発明とその構成要件の一部において一致するところがあるけれども、その余の必須構成要件上、2の項摘記の(一)(二)(三)点において3の項に判断したとおり明らかに相違しており、これが両者の根本技術思想に差異をもたらしているものと認められることは前示のとおりであるから、両者を全体として対比するとき、以上のほか右一致点についてさらに判断を加えるまでもなく、(イ)号製造法は、本件特許発明の権利範囲に属しないものといわなければならない。原告は、(イ)号製造法が本件特許発明の権利範囲に属する旨主張し、成立について争のない甲第六号証の一ないし五、第七ないし第九号証をひいて、本件と類似の事案において押出機から熔融状態の下に押し出される合成樹脂フイルムをそれが凝固する前の半熔融状態の時に圧着させるかいつたん冷却凝固した合成フイルムを加熱しもとの半熔融状態にもどして圧着させるかは設計的思索の範囲に属し発明としての差異といえないとされている事例があるとし、本件においても同様に判断されるべきであるとするが、右は、本件とは技術の分野ないし事案を異にするものであるから、とうてい前示判断を左右するに足りない。なお、弁論の全趣旨により真正な成立の認められる甲第五号証(鑑定書)には、(イ)号製造法は本件特許発明の権利範囲に属する旨の鑑定人の意見が記載されているけれども、前示判断に徴し、これも採用できないことが明らかである。そして、原告の種々主張するところは、右に直接判断されたもののほか、いずれも前示判断にそわないものであるから採用できない。
三 右のとおりである以上、(イ)号製造法を本件特許発明の権利範囲に属しないものとした本件審決は相当であり、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 福島逸雄 入山実 荒木秀一)
(別紙 (一))
本件特許発明の実施例押出機の切断側面図<省略>
(別紙 (二))
(イ)号明細書および図面
図面は、請求人(被告)の実施している熱可塑性合成樹脂管製造法に使用する装置を示すものであつて、第一図はその一部切欠した機構的配置図、第二図はこの方法に利用する押出成型機の正面図であつて、この方法は、押出機(A)の口金(1)から押出成形された成形用熱可塑性合成樹脂管(B)を引取ロール(2)、(2)を通じて引取つて切断してその成形用熱可塑性合成樹脂管の巻体(3)を形成しその一端を密封して案内ローラー(5)、(5)を通じその液体シヤワー装置(6)に入る直前上記樹脂管(B)に冷却器体(13)で冷水を浴びせて上記液体シヤワー装置(6)の外側に於いて上記樹脂管(B)がその液体シヤワー装置の熱によつて膨軟することを防止してその液体シヤワー装置に適確且つ容易に送入できるようにしておいてその液体シヤワー装置(6)の管状導入孔(15)に送致して樹脂管(B)が温水噴出スリツト(16)を通過するとき液体槽(9)からヒーター(8)で加熱された液体シヤワーを浴びて軟化するがこのとき加圧流体注入口(4)と樹脂管(B)を連通して加圧流体注入口(4)から加圧流体を圧入しておくことによつてその樹脂管(B)は上記液体シヤワー装置(6)に接して設けたサイジングパイプ(7)の内側一杯に拡大されこれを直ちに次の冷却装置(10)に導入すると冷却されてその儘の状態で固化しつつ拡大固定された樹脂管(B)を案内板(11)を経て押出ローラー(12)、(12)で気密に押圧して引取りベルト状合成樹脂管を巻取器(14)で巻取るものである。なお上記液体シヤワー装置(6)で加熱液体の温度は樹脂管(B)の材質肉厚等に適するようヒーター(8)で調節するものである。
第1図<省略>
第2図<省略>